1975年6月25日、インドの民主主義は一時停止しました。今から50年前のこの日、当時のインディラ・ガンジー首相は非常事態を宣言し、国民の権利を停止し、政敵を逮捕しました。この出来事は、インドの歴史において最も物議を醸した時期の一つとして記憶されています。
非常事態宣言の背景には、ガンジー首相に対する政治的な圧力の高まりがありました。1971年の総選挙での不正疑惑が浮上し、アラーハーバード高等裁判所が彼女の当選を無効とする判決を下したのです。これに対し、ガンジー首相は辞任を拒否し、国内の治安が悪化しているとして非常事態を発令しました。
非常事態下では、基本的人権が制限され、言論の自由が奪われました。多くの政治家、活動家、ジャーナリストが逮捕され、投獄されました。政府は報道を厳しく統制し、批判的な意見は抑圧されました。また、強制的な家族計画プログラムが実施され、多くの人々が不利益を被りました。
非常事態は21ヶ月間続き、1977年3月に解除されました。その後の総選挙で、ガンジー首相率いるインド国民会議派は敗北し、初めて非会議派政権が誕生しました。非常事態は、インドの民主主義にとって大きな教訓となり、その後の政治改革につながりました。現在でも、この出来事はインドの民主主義の脆弱性と、自由の重要性を再認識させるものとして語り継がれています。
この期間、インドの経済にも大きな影響がありました。政府は経済統制を強化し、国有化を推進しました。一方で、中小企業は圧迫され、経済活動は停滞しました。非常事態は、インド社会のあらゆる側面に深い傷跡を残したと言えるでしょう。